ぱんぴっと! インタビュー記事

NPO法人学生人材バンク学生プロジェクト「ぱんぴっと!」。鳥取で活躍する魅力的な社会人へのインタビュー記事を掲載していきます。

戦略的に居心地のいい環境を探してみるのもいいと思うよ

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目次
◯所属 名前
◯インタビュアーからの一言
進学校への進学したことによる変化
大学での大きな変化
今の仕事についたきっかけ

所属 名前
株式会社LASSIC 地域振興部
モリモト メイ さん

[インタビュアーからの一言]

とても明るく気さくな方です。色々と抑圧されていた高校時代からいい意味で抑えがなくなった大学に進学したことにより大学時代には活発的に様々な活動に取り組み、今では自分を必要としてくれるLASSICを選んで入社し、楽しく仕事をされている方です。

Q,進学校の高校へ進学した変化はありましたか。

A,ギャップに驚きました。

通っていた小・中学校がとても荒れていて、その環境から抜け出すために実家から少し離れた進学校を選びました。中学校まではいじめや学級崩壊が身近だったのですが、進学した高校はあまりにも平和な環境だったので今までとのギャップに驚きました。進学校の同級生たちは学歴第一主義な価値観の子が多く主体的に進路を選ぶというよりは、親や塾の先生に言われた大学へ進学する…という印象でした。
少しでも高い偏差値の大学へ・できればあまり責任の重い職業には就きたくない、という理由だけで大学への進学を決めていいんだろうかと周囲に疑問を感じていました。

—————
Q,大学での大きな変化はなんですか。

A,挑戦しようと思えばなんでもできる環境になったことかな。

大学進学後は自分の個性を許容してくれる人が多く、いい意味で周囲の目を気にしなくなりました。高校生までの抑圧された環境から、「やりたい!」と思ったことに関して素直にチャレンジできるようになりました。大学在学中には「楽しそう!」と思った中山間地域のボランティア活動や海外短期留学に何度も参加しています。課外活動での作業や経験を通して、1人でやるよりもチームの総力で目標を成し遂げることに圧倒的な感動や楽しさを感じました。

鳥取に来るまで人間不信でネガティブ思考でしたが、気の合う仲間と活動したり、たくさんの人に親切にされたことがきっかけで人を信じることができるようになりました。


Q,今の仕事についたきっかけはなんですか。

A,自分を必要としてくれる人がいると思ったことです。

就活の際、今の会社と合わせて数社の採用選考を受けました。最終的に入社を悩んだのが、東京の誰もが知っている大手企業と今の会社(=LASSIC)でした。

初任給も高く名も知れている都会の会社か給与面や会社規模では断然劣っている地方の会社。

周囲の大人に相談したら全員口を揃えて、都会の大手に行ったほうがいいと言われました。

ですが、今の会社の採用担当(=今の上司)に非常に真摯に対応してもらったことで「きっとこの人(この会社)は私を必要としてくれているし、入社以降も大事にしてくれるな」と感じ、今の会社に入社しました。

その後、新卒ですが採用担当に抜擢してもらい、大好きな尊敬できる上司とともに忙しいですがとっても楽しく働いています!

学生へのメッセージ

就職先を始め、将来の進路に悩む方も多いと思いますが福利厚生や給与などの条件面以外にも、自分がどういう暮らしがしたいのか、どんなときに幸せを感じるのか、どんな人達に囲まれたいのか…というところも加味して進路を考えたほうがいいと思います。そのためにも(長期・短期)インターンは参加したほうが良いと思うな。あと、無理して辛い環境に耐え忍ばずに戦略的に居心地のいい環境を探してみるのもいいと思うよ。

「喜びを与えてくれる子どもたち」県教育委員会 Tさん

目次

 

・所属 名前

・インタビュアーからのひとこと

・教員になろうと思ったきっかけ

・教員のやりがい

・理想の教育

・大切にしていること

・学生へのメッセージ

 

 

 

 

 

【所属 名前】

 元小学校教諭  現県教育委員会勤務 Tさん

 

 

 

  

【インタビュアーからのひとこと】

 

Tさんは、今年の春から県の教育委員会に異動され、県内全域の子どもたちが安心して学校へ通い、学習するための業務をされています。自分の人生を振り返って、教員時代を経てからの今の思いなど、たくさんのお話をしていただきました。進路に悩んでいる自分にとって、こういった考え方もあるんだと気付かせられるきっかけになり、自分でも改めて考えていこうと思いました。 

 

 

 

 

Q.教員になろうと思ったきっかけ

 

 

A.両親が教員だったこと。両親が高校の教員だったのですが、仕事の大変さ以上に楽しそうに働いている姿を見たり、昔の教え子から来る年賀状を何年たっても嬉しそうに読んでいる姿を見たりして、先生っていいなと思った。もう一つは、小学校のときにつらい時期があって、自分みたいにつらい思いをしながら学校に通う子がいないようにしたいなと思った。あとは、中一のときの担任の先生の影響が大きいのかな。生徒会や応援団などいろいろなことに「やってみんか?」と声をかけてくださったので。そこで、いろいろなことを体験できたことは、今振り返ってみると大きかったと思う。

 

 

 

Q.教員のやりがい

 

 

A.できた瞬間に立ち会える楽しさ。

 

 

エネルギーいっぱいの子どもたちと過ごすにはこちらも多くのエネルギーを使うので、すごく疲れることもあるんですけど、子どもたちの「できた!」とか、「やったー!」という声を聞くとその疲れも吹き飛んでしまうんです。あれに勝る喜びはないんですよ。例えばコンパスがうまく使えず、泣きそうな顔の子が、何度も練習して上手く円が描けるようになったときのうれしそうな表情。泳ぐのが苦手な子が、たくさんたくさん練習して25m初めて泳げるようになったときの表情など。最初5m泳ぐのも大変だった子が、ちょっとずつ泳げるようにはなるんですけど、だいたい12~20mくらい息が続かなくて止まるんですよ。そこからさらに一生懸命練習して、これは25m泳げるぞ、いける、ってときにゴールで待ち構えるわけですよ。その子の25m泳ぎ切って、壁にタッチした瞬間の苦しくても泳ぎ切った顔、そのあと見せる達成感に満ち溢れた笑顔。その子とハイタッチしたときは他の何にも代えがたい喜びを感じます。苦労して何かを達成した子どもたちの瞬間に立ち会えたときにやりがいを感じています。

 

それと、学校には遠足や運動会、いもほりや学習発表会、卒業式など、四季折々の行事がたくさんあり、その季節の色やにおいと一緒に思い出は積み重なっていきます。例えば、卒業式で泣いている子を見ると、涙が出るほど頑張ったことがあり、思い出があったんだなと思うとその子たちとの出来事が一瞬でよみがえり・・・こちらも泣きそうになって。涙が溢れてくるほどの思い出をもって卒業できるのって幸せだなって思います。 

 

喜びを感じる場面が「自分がどうこうした」じゃなくて「子どもの頑張っている姿」「何かを達成した姿」になっています。また、担任していた子が高校で部活を頑張っている様子を新聞で見たときには自分のことのようにうれしく思いますね。

 

 

 

Q.大切にしていること

 

 

A.人とのつながり

 

 

出会いだけじゃなくて上手につながることが大事かな。相手が嫌な思いしないようにとか、一緒に仕事して楽しかったなとか、そういう風にしたい。電話の出方にしても、挨拶の仕方にしても。気持ちよくお互いがwin winな関係になれるように、また会ったときに親しく話せるように。自分は人見知りだからこそなお、いい関係を築きたい。

 

 

 

Q.学生へメッセージ

 

 

自分は将来に不安をあまり感じてなかった。学生生活は楽しかったし、部活や勉強に全力を注げていたので。それに同じ目標や悩みを持っている友だちも周りにたくさんいたので、自分ひとりじゃないんだと思えることが多かった。自分はネガティブな性格なんですけど、周りの友だちがみんなポジティブだったから、その人たちといることで楽しく過ごせていたと思う。同じ思いを持つ友だちが多ければ多いほうが、悩みも理解してもらえる。

 

大学のいいところは、こんな時間を自由に使えるのは大学生活にしかないってところ。大人になる前の猶予期間だと思って、たくさんの出会いや経験をしてほしい。社会人でもなく、高校生でもなく、時間や勉強、仕事に追われることが少ないので、人生について考えられる時間。自分は「悩んでたってしょうがないし、今を楽しもうぜ」という周りの友だちが作ってくれた流れに乗せてもらっていた。今しかできないことが多いと思うので、今を楽しむのが先かなぁと思います。

 

つらいこともまあいっかと思えるくらいの心のゆとりとか人間性を磨くことのできる学生生活を過ごしてください。

 

 

 

 

インタビュアー:大國&佐伯&井上

 

文責:井上

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「起こったことは受け入れて、できることを地道にコツコツ」鳥取県庁 山本尚生さん

 

 

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目次

 

 


[所属 名前]

鳥取県元気づくり総本部参画協働課

山本尚生さん

 


[インタビュアーからのひとこと]

浪人、海外でのボランティア、民間就職、うつ病

県庁に勤められるまでに本当に様々なことを

経験されている方です。

そんな山本さんが大切にされている考え方は

「地道にコツコツ」。

 

生きていると色々深く考えすぎてしまうことも

ありますが、シンプルに考えることで

生きやすくなるのかなと思いました。

 

 

 

 

 


[職業・仕事内容]

Q. 現在のご職業と仕事内容を教えてください。

 


A. 職業は公務員で、今は鳥取県元気づくり

  参画協働課に所属しています。

 

鳥取県内のボランティアやNPO活動など地域を

元気にする活動を応援する部署で、

県内のNPO活動をサポートしている、

とっとり県民活動活性化センターの支援もしています。

 

 

 

 

 

[きっかけ]

Q. 以前は県外の「ハートビートプラン」という

  会社で働かれていたそうですが、

  なぜ県庁で働こうと思われたのですか?

 

 


A. ハートビートプランは都市計画コンサルタント

という業種で地域を元気にする企画づくりと

試行をしていました。

 

それは大阪の会社ですが

自分は元々鳥取県出身ということもあり、

地元で何か地域に携わる仕事がしたいなと

思っていました。

 

公務員をずっと目指していたというわけでも

ないんですけど、地域づくりの経験がある社会人を

募集する採用枠がちょうどタイミングよくあったので

今がチャンスかなと思って志願しました。

 

 

 

 

[前職とのつながり]

Q. 鳥取に帰ってくるということは

  人生プランとして決めていたのでしょうか?

 

 


A. そうですね、大学時代に決めていました。

 

地元が好きということもありますが

大学に進学する時には「将来何になろう」って

特に決めていたわけではないのですが、

たまたま進んでいった先が地域活性化を考える

研究だったので、地元に携わらずに人生を終えるのは

悔いが残るだろうなって思っていました。

 

とは言っても、卒業してすぐ地元に帰るという

イメージはなかったので、一旦別のところで就職して

修行してから帰ろうと思っていました。

 

 


民間で働いていた時は

街の将来を考える仕事をしていましたので、

地域のおじいちゃんおばあちゃん、

行政の人など、いろんな立場の人と

コミュニケーションをとる必要がありました。

 

行政というのはみんなにとってメリットがあることを

考える仕事なので、それぞれの立場にいる人が

どういった状況に置かれているか、

何が嬉しいと思っているかなどを考えながら

仕事をしていた経験があるというのは大きいです。

 

 

 

 

[壁の乗り越え方]

Q. 一度うつ病を経験されているんですね。

 


A. 社会人3年目くらいになると任せられる仕事も

  多くなって、あまりの忙しさに朝から晩まで、

  土日も休みなく働いていた時がありました。

 

 

仕事自体はそれなりに成功してやり遂げていた

んですけど、やり終えたあとの脱力感、

燃え尽き症候群のようになったこと、

家庭とのバランスがとれないことに少しずつ

モヤモヤがたまって、半年くらいまともに仕事に

行けない期間がありました。

 

でも、ずっと寝ててもしょうがない。

やれることからやっていこうと思い、

やれることをやっていたら社長にも

「もう一回担当やってみるか」と言ってもらい、

「頼まれるということはできるんだろうな」

という気持ちにさせられて

なんとか復帰することができました。

 

仕事で関わっている人たちから

「一緒にやってよかった」と言われた時は、

認められたことが嬉しくて

そこから自信も少しずつ回復していきました。

 

 


一歩一歩やっていくというのは大切にしています。

 

うつ病になった時、朝起きれなくて。

どうしていこうかなと考えた時、

まずは朝起きて会社に行く、

それを毎日確実にやろうって思うようにしました。

 

仕事のことは、会社に行ってから考える。

普通は仕事のことはきちんと考えて準備するのが

理想的だけど、まずは「起きて会社に行く」。

 

 

その一歩一歩の積み重ねというのは、

つまずいた時に大切な考え方だなと思います。

 


大学入る時も1年浪人した経験があって、

勉強は結構自信があったつもりだったのに

不合格になって、「甘かったな」と反省しながらも、

じゃあそこからどうしていこうかなって考えた時、

毎日コツコツ勉強するしかない、

そういう気持ちでやっていました。

 

 

起こったことや目の前の状況は受け入れて、

できることを地道にコツコツ

毎日続けてやっていこうと思うようにしています。

 

 

 

[印象に残っている出会い]

Q. これまでの人生で印象に残っている

  出会いはありますか?

 

 


A. 前の会社のボス(社長)、泉さんです。

 


「会社」って言ってるけど、実は自分が入った頃は

泉さんが1人でやっていた企業でした。

 

 

その方は大学の先輩でもあって、

僕は1人目の社員でした。

今は社員さんは6人くらいに増えてるかな。

 

 

社長1人でやってる会社に就職しようと思ったのは、

その人が魅力的だったからというシンプルな理由です。

 

 

一言で言うと、簡単には死にそうにない人…(笑)。

 

 

「この人だったらついていって大丈夫だろう」って、

根拠のない理由を持っていました。

福利厚生とか給料とか、そういった話は全然なくて、

「その人についていきたい」という思いだけで

就職を決めました。

 


泉さんとの出会いは、自分が所属してる学科の

卒業生の進路について紹介する会があり、

それで社長に会いに行ったのがきっかけです。

 

 

話を聞いてすごく惹かれたので、

当時はこの言葉は一般的ではなかったけど、

今でいうインターンシップという形で

お手伝いをさせてもらえることになり、

続けてるうちにアルバイトとして雇ってもらいました。

 

 

そこから就活の時期になって、

「まだ働きたいから働かせてください」

とお願いして採用されました。

 

 

だから僕は、履歴書書いて、エントリーして、

説明会行って…といういわゆる就職活動というのを

やったことがないんです。(笑)

 


当時、会社の組織の中で働くイメージがつかなくて。

ただ、惹かれる人を見てると「この人すきだな」、

「この人についていきたい」という思いが

湧いてきて、その会社で働くことを選びました。

 

 

泉さんは都市計画コンサルタントという

職種自体の社会的地位向上、

その業界自体の人材育成にも意識がある方で

 

「重要な社会課題に向き合い、時間と労力が

かかるわりに給料や待遇があまりよくない」

という風潮がありましたが

でもそんなのでは後継者も増えないし、

 

業界の質を良くしていかないといけない

というふうに泉さんは思ってたので、

社員の生活と成長やモチベーションを考えて、

適切な給料と柔軟な働き方を整えていただきました。

 


泉さんは、街で自転車でこけたおばちゃんがいたら

すぐに荷物拾ってあげて「大丈夫ですか」と

自然と声をかける。

 

一緒に仕事してる目上の方がタバコのポイ捨てとか

してたら半分冗談交じりで

「何やってるんですか!拾ってくださいよ(笑)」

と言える人。

 

 

自分の意見を言える芯のある人だけど、優しさもある。

面倒見のいいアニキ肌で

社員にも街の人にもすごく慕われる人だったので

そういうところは特に魅力的だなと思っていました。

 


仕事においては、1人だからすべて1人でやるしかない

んだけど、全部自分でやるんですね。

企画つくって資料集めて話しに行って。

バイタリティーがないとできないことを、

自分が納得いくまでやり抜くスタイルも

かっこよかったです。

 

 

 

[学生時代のこと]

Q. アメリカやマレーシア、インドなど海外にも

  行かれたことがあるんですね。

 

 


A. 学生時代、海外の貧困地域に行って

  家を建てる活動をするボランティアサークルに

  入っていました。

 

 

観光で行くのではなくて

地元の人のくらしを見ることができること、

人の家を建てられることが楽しくてやっていました。

 


海外に行くと、「同じ人間なんだ」と安心する部分も

あるけど、そんなに真剣に考えなくてもいいんだ、

テキトウでもいいんだ、と思える部分もあります。

 


学生時代のうちはとにかくいろんなことを

やってみたくて、海外に行くのもやってみたかった

ことの1つだったのでちょこちょこ行っていました。

 

 

僕は自分でしっかり考えて決断するときもあるけれど、

多いのは人に誘われて行動することなんです。

 

 

その人が面白いと思ってることが気になって、

自分が魅力的だと思った人からの誘いがきっかけで

結構いろんなことをやってきました。

 


友達との付き合いもすごく楽しくて、

テスト期間になれば5、6人で教科書の担当を

振り分けて授業する、というのをやっていました。

「これここポイントだから!」って、

試験は団結力で乗り越えていました。

 

 

 

[今後の目標]

Q. 今後やりたいこと、挑戦したいことは

  ありますか?

 


A. 実はいま、迷ってて。

  何したらいいかなって(笑)

 


街の人と一緒に地域を盛り上げるようなことを

したいな。

イベントよりもう少し長く続く

プロジェクトみたいなイメージ。

もしかしたらそれは仕事ではないところ

なのかも知れないけど…。

 

 

今は鳥取市に住んでいるけれど、

出身の若桜とか八頭郡とかのカントリーサイドで

できることに携わっていきたいです。

 

 

 

[学生へのメッセージ]

Q. 最後に、学生へのメッセージをお願いします。

 


A. 自分の興味・関心を引き出して

  行動してみてほしいですね。

 

 

これは自分めっちゃ好きだな

(嫌いだなというのもあるかも知れないけど)

という、そういう感情を出していく。

 

自分が好きなこと気になることを試していくのを

やってみたらいいんじゃないかな。

 


仕事だけが人生じゃないし、

自分に合う/合わない、向いてる/向いてないとかって

見つけるの難しいですよね。

 

 

学生時代はお金はないかもしれないけど

行動できる可能性は広がっているし、

学生は社会から寛容に受け入れられるという部分も

あるから「やってみたいからやらせてください」って

声をかけてみるとそれを受け入れてくれる人もいる。

 

 

節度を持ちながら、いろいろやってみたら

いいんじゃないかなと思います。

 

 

 

 

 

インタビュアー : 佐伯、岡本

文責 : 佐伯

【人のためだけに生きるのは難しい。最後は自分が満足することをしたい】自然がっこう旅をする木 得田 優さん

 

 

 

 

 

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目次
・名前 
・インタビュアーからのひとこと
・以前の仕事について
・海外を旅したことについて
・人生のなかで大切にしていること
・現在の仕事のやりがい
・大学生へメッセージ
 
【名前】 
自然がっこう旅をする木
得田 優さん

【インタビュアーからひとこと】
「自然がっこう旅をする木」で子供たちに最低限のルールの中で子供たち自身がしたいことをしてもらうスタンスで自然育児サークル、幼児スクールをされています。
「自分のやりたいことはしてみる」ということを大切にしておられ、広告の仕事、旅、自然がっこう旅をする木を経験されています。
インタビューをして、私もやりたいけどできずにいたことをしようと思いました。


【以前の仕事について】
Q.以前の仕事について教えてください。

A. 以前は、広告の仕事をしていました。

作ることが面白いなと思っていて、写真とか文字を使った仕事は何だろうと思ったことがきっかけで広告の世界に入りましたね。

広告の仕事をしているときにケニアに仕事をしに行ったのですが、ケニアでは、食べ物がなくて、学校では昼にトウモロコシを配っていて、子供たちはそれを食べずに家に持ち帰って家族にあげていました。それには、とても驚きましたね。

日本では、物が当たり前に買える。この社会で生きていくためにはお金が必要でそのために働いていることに気づいたんですよ。それで、ふと自分の将来を考えると、このまま都会で生きていくイメージができなくて、、もっともっと自分の知らないことを知って生きていきたいと思い仕事を辞めて海外を旅することにしました。

【海外を旅したことについて】
Q.バックパッカーとして海外を旅したことについて教えてください。

A. アジアの途上国に行きました。

みんな、山の中で暮らしたり、標高3000m以上のところで暮らしたり、砂漠の中で暮らしたり、自然の中で暮らしていました。
こんなところでどうやって暮らしていきていくの?
ってところでも、自然の環境を上手く利用しながら工夫して生きていました。彼らは、無いものはお金で買うのではなく、自分たちで作っていました。こういう風に生きている人は日本以外の国ですごい多いことを知りました。日本で生きていると、日本では日本の価値観に合わせないと生きていけない風に思いがちですがそうではないと思います。

【人生のなかで大切にしていること】
Q.人生のなかで大切にしていることを教えてください。

A. 一番大切にしていることは、自分がやりたいかどうかですかね。やりたくないことをやるのは、物凄く疲れるし時間がかかって効率が悪いと思います。なので、人のためにやるってことより自分のやりたいことを中心に考えることが多いです(笑)

物事をする前には、不安もあります。でも、その不安を消すための一番の方法は「する」ことだと思います。ダメならやめればいいと思います。

【現在の仕事のやりがい】
Q.この仕事をする上でのやりがいを教えてください。

A.今日は子供たちとキャンプで川を上ったんですけど、その時に僕も行ったことのない川に行くことができるので面白いですね。この仕事は、子供たちと一緒に新しい風景を見ることができます。子供たちは、僕の興味のないことを見せてくれるので楽しいです。

【大学生へメッセージ】
Q.大学生にアドバイスをお願いします。

A. 一人で旅はしたほうがいいと思います。

今は、携帯があるので一人の時間をとるのが難しいと思う。旅にでて一人で何かを考えたり、一人の時間を過ごした方がいいと思います。また、やりたいと思っていることはやるべきです。ダメだったらやめればいい。

インタビュアー 志茂、田中、大國
文責 志茂

「目の前の人を大切にすること」カウンセラー 山根 恒さん

 

 

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目次

・【所属 名前】

・【インタビュアーからのひとこと】

・今のお仕事について

・カウンセラーになったきっかけ

子ども食堂

・心に残ったエピソード

・今の社会に思うこと

・学生へのメッセージ

 

 

【所属 名前】

カウンセラー 山根 恒さん

 

 

【インタビュアーからのひとこと】

人に寄り添う、心から向き合うお仕事であるカウンセラー。少しでも人を大切にする行動や気持ちをもつだけで社会は変わっていくのだと感じました。また、子どもを始め、町の人々を繋ぐ第3の居場所である子ども食堂はとても魅力的です。山根さんのお話の中で、皆さんに伝えたい事がたくさんあるので、記事が長文になっていますがご了承ください…!

 

 

Q.今のお仕事について教えてください。

 

 

A.鳥取県刑務所の処遇カウンセラー、人権相談センター(週末)ハローワーク(月1回)、人権局UD推進専門員、パレットとっとりで子ども食堂(週2回)をしています。

 

 

 

Q.カウンセラーになられた経緯を教えてください。

 

 

A.どの仕事も「人の相談にのる」という点で共通していると思う。

 

 

最初、27歳までコンピューターのシステムエンジニアとして働き、児童館で3年間働き、鳥取商工会議所で経営指導員として10年間働いた後、カウンセラーの資格をとって現在に至る。実は、高校生の頃からカウンセラーに興味はあったが、取得方法がわからなかった。働き出してから、高校生の活動を支援する活動に関わっっているうちに、高校生の悩みを聴くことが多くなり、高校の教員や先輩にカウンセラーに向いてるんじゃないの?と言われたのでやってみようと思った。振り返ってみると、一見関連性がない経歴だと思われるけれど、「人の相談にのる」という点では共通していると思う。

 

 

 

Q.子ども食堂をつくったきっかけは何ですか?

 

 

A.コンセプトは「誰もがわくわくするような場所」

 

 

受験や進学、就職といったライフイベントを迎える中学生・高校生に来てほしいと思い、駅に近いまちなかにつくりたいと思っていた時に、当時の本通り商店街の理事長が「子どもがたくさん集まるなら、パレットとっとりを使え。」と後押ししてくれた。町に賑わいをつくりたいという思いと子どもを集めたいという思いがマッチした。コンセプトは、子どもに限らず、その保護者を始め「利用してくれる人を大切にする」ということと、「誰もがわくわくするような場所」。運営には、カウンセラー、管理栄養士、元小学校の校長先生、大学生、高校生が関わっていて、利用する子どもの保護者も生活や子育ての事などを気軽に相談できる場所にもなっている。今は「子ども食堂」という名前だが、将来は子ども食堂を核にしながら、「地域食堂」を目指している。

 

 

 

Q.子ども食堂の魅力は何ですか?

 

 

A.たくさんの知恵が集まる場所。

 

 

子ども食堂にはいろんな可能性がある。食堂をツールにして誰もが集える場所になる。そこにいろんな人がいるから、いろんな知恵が集まる。例えば、どんな地域にしようかと話をしたり、課題があれば解決方法を出して一緒にやろうという話になるなど、地域力を高めていくこともできると思う。

 

 

Q.心に残ったエピソードはありますか?

 

A.家庭の都合で子ども食堂に行けない日、ある子どもたちが母親に「連れて行ってー!送ってくれるだけでいいから!」と泣きながら訴えていたこと。宿題を終わらせないと子ども食堂に行かせないというルールをつくったら子ども食堂がない日でも宿題をするように習慣がついたこと。あるお母さんの仕事が決まらないことで悩んでいたが、食堂に来て話をすることで、次も頑張ろう!という気持ちになっていること。

 

 

 

Q.社会に思うことはありますか?

 

 

A.もっと人を大切にしようよ。

 

 

例えば、困っている人を対象外だからといって簡単に突き放すのではなくて、その人がもう少し生きやすくするためにはどうしたら良いだろうかと一緒に考えるような対応をするだけで、自分の気持ちを聞いてもらえたと思って帰ることができる。人を大切にすればギスギスした社会にならないんじゃないかな。…現代は余裕がないからかな。昔は、皆が裕福ではなかったけれど、寛容さはあった。寛容さがないから人を大切にできないんじゃないかな。

 

 

 

Q.学生へメッセージ

辛いときには「助けて」って言っていいんだよ。でも本当に言って良いんだろうかと思うよね。それは、自分で何でもやらなければならないって社会が思わせているだけだから。

「共感力」を高めてください。そうするともっと人を大切にできるようになる。

また、人のために働く理由として、今の自分があるのはその時々にいろんな人に支えられてきたから。処遇カウンセラーとして罪を犯した人の成育歴を見ると、その人は最初から罪を犯す人ではなくて、ある出来事が起きた時に、そばで寄り添ってくれる人がいれば生き方は変わっていたんじゃないかと思う人が多い。その人に関わる人によって生き方が変わる。皆さんが、今の自分があるのは、自分の努力はもちろんだが、いろいろな場面で関わってくれる人がいたからだと思います。

 

 

▼パレット鳥取 子ども食堂の情報は『パレットこども食堂』(Facebook)で検索!

鳥取市子ども食堂情報は『鳥取市公式ウェブサイト 子ども食堂』で検索!

 

 

インタビュアー:大國&稲葉

文責:大國

「鳥取の大学生に社会(鳥取)を知ってもらいたい」 鳥取大学 COC+事業推進室 地域連携コーディネーター 沖正弘さん

 

 

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目次

・[所属 名前]

・[インタビュアーからのひとこと]

・[職業・仕事内容] 

・[仕事を始める前までのこと] 

・[大切にしていること]

・[鳥取で働くとは?] 

・[今後の目標]

・[学生へのメッセージ] 

 

 

 [所属 名前]

鳥取大学 COC+事業推進室

地域連携コーディネーター 沖正弘さん

 

 

 [インタビュアーからのひとこと]

  お仕事のこと人生のことなどインタビューを通してたくさんのことを教えていただきました。銀行員という職1つ挙げても経済系だけではなく、国際系や法律のことも関わってくるなど仕事の可能性が広がりました。また、COC+の取組みも紹介していただきぜひ利用させていただきたいと思いました。

 

 

[職業・仕事内容] 

Q.ご職業とお仕事の内容を教えてください。

 

A.平成27年鳥取大学が採択を受けた文部科学省の補助事業(5年間)であるCOC+事業のコーディネーターの仕事をしています。

 前職は、銀行員をしていてこのCOC+事業のコーディネーターとして鳥取大学に派遣されて3年目になります。仕事内容としては、COC+セミナーの企画・開催や鳥取の企業を見るためのシャトル便の運営等々多岐に渡ります。学生に鳥取を知ってもらいながら世界を広げ鳥取での就職を目標に仕事をしています。

 

 

[仕事を始める前までのこと]

Q.前職のこと、お仕事を始める前までのことを教えてください

 

A.前職は、銀行員でした。仕事を始める前から今もずっと外国(英語)に興味があります。

  若い頃、京都で外国人と会って話したことから英語が好きになりました。日本人同士で英語を話すのとはなんか違いましたね。英語と法律の職に就きたいと思い始めた頃、銀行員でも外国為替などで英語を使えることを知り銀行員になりました。銀行員と自分のベクトルが合っていました。銀行員として頑張り、東京へ行けることになりそこでは英語も必要になり英語と法律の仕事がしたいという目標が達成できました。国際分野の経験が全体の三分の一を占めており、普通の銀行員とは一味違った人生を経ています。

 

 

[大切にしていること]

Q.大切にしている考え方は何ですか?

 

A.「人生塞翁が馬」、「順境には用心を逆境には忍耐を」、「財産は友なり」の言葉です。

  人生の幸不幸は予測できないもので、人生のブレは考えないようにしています。マイナスに思っていても無駄はないと思っています。お金はいずれなくなるが友達はそうではなくて財産ですね。当たり前のことを当たり前にすることが大切です。

  また、商売をする際にその地域の方言を話すことを大切にしています。そこの地の言葉をしゃべれないと商売できないですからね。

 

 

鳥取で働くこと]

Q.沖さんにとって、鳥取で働くことについて教えてください

 

A.人は東京に集まりやすいですが鳥取は環境(自然)が良いです。都会はたまに遊びに行く程度だから良いと思います。私にとって、鳥取はふるさとです。

 若者に県外に出るなら東京とかではなく海外に目を向けなさいと伝えたいですね。今の世の中、地方を通して世界を見てほしいなと思っています。

 

 

[今後の目標]

Q.今後の目標を教えてください

 

A.最後まで走り抜けたいです。

 仕事を通して、今の学生が地元で活躍できるようになるための人材育成をすることが目標です。今の仕事を土台に次のステージへつなげたいですね。今、鳥取に来ている学生に鳥取に定着してもらいたいですね。鳥取県外に出るのは良いのですが、鳥取の企業を知ったうえで出てほしいです。

 

 

[学生へのメッセージ]

サントリーブランデー「VSOP」をもじって

V:Variety 20代 いろいろやる(体験)

S:Speciality 30代 得意(専門)分野を持つ

O:Originality 40代 独創性を備える

P:Personarlity 50代 人間性を磨く

を伝えたいです。失敗は未来の成功につながっています。「シンプルイズベスト」です。

また、時間を守ること挨拶をすることが当たり前にできるようになると信用につながりますね。

 

 

インタビュアー:岡本&秋山

文責:岡本

「自分がされて嬉しかったこと、してほしかったことは人にする。それは巡り巡って自分の子どもや孫に返ってくるから。」岩美町地域連携コーディネーター 島本理代さん

 

 

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目次

・〔所属・名前〕

・〔インタビュアーからのひとこと〕

・〔職業・仕事内容〕

・〔仕事を始めたきっかけ〕

・〔仕事のやりがい〕

・〔岩美町について〕

・〔支えてくれるもの、大切にしている事〕

・〔学生へのメッセージ〕

 

 

[所属 名前]

岩美町地域連携コーディネーター 島本理代さん

 

 

[インタビュアーからのひとこと]

  岩美が大好きで、「笑顔」を大切にされている島本さん。インタビュー中に言われていた一つひとつの言葉がとても心に響きました。私も、島本さんのように誰かのため地域のために何かできるような人になりたいなと思いました。また、岩美町の良いところをたくさん教えてもらったのでぜひ訪れてみたいです!

 

 

[職業・仕事内容]

Q.ご職業とお仕事の内容を教えてください。

 

A.岩美町地域連携コーディネーターという、“地域連携“に特化した職業です。

主に、岩美町にある県立高校と、岩美町を主軸にしたあらゆるヒト・モノ・コトとを繋いでそれぞれの可能性を拡げ、そこに生まれた魅力を発信していく仕事をしています。

 

 

[その仕事を始めたきっかけ]

Q.その仕事をはじめられたきっかけは何ですか?

 

A.岩美町が大好きで、岩美町で生活がしたかったから。

 初めて岩美町を訪れた時に、景色、人、食べ物に魅了されました。それから頻繁に岩美町を訪れるようになり、町内の方に「(そんなに頻繁に来るなら)引っ越してきたら?」と言われ、「この仕事(地域おこし協力隊)募集しているよ。」と紹介されて、岩美町にIターンし、現在の仕事の前身である高校魅力化コーディネーターをすることになりました。

 

[仕事のやりがい]

Q.やりがいは何ですか?

 

A.高校生をはじめ、関わる方の笑顔が全てのやりがいです。

 高校で展開している地域課題解決型学習(実践型)などによって、以前と比べ地域の方々と高校生が積極的に関わる機会が増えたため、地域の方々から「高校生と関わることでやりがいを見いだせて元気が出たよ。」、「高校生に自分の知識や技術を教えられる、若い人たちと一緒に何かやれることが自信につながったよ。」と笑顔を向けてくださることが増えました。

みなさんの笑顔を引き出せる瞬間がとてもうれしいです。高校生のキラキラした姿を見ることができるのもうれしいですね。

 

 

[岩美町について]

Q.岩美町のどこに魅了されましたか?

 

A.岩美町のみんなが家族のような存在で、見ず知らずの人もウェルカムなところかな。

 岩美町に来る前は、島根県松江市で暮らしていて、隣に誰が住んでいるのかさえ知る機会がない(接点がない)生活を送っていました。でも岩美町はみんなが家族のように迎え入れてくれて、それぞれが自然と助け合って生活しています。また便利なモノが良いと思われがちだけど、手間をかけることが大事なことだなと思わせてくれたのも岩美町での暮らしでした。そうすることで、より「生きてるなぁ…」としみじみ感じることができるからです。

食べ物や行事から季節を感じることができるところも素敵です。毎日新しい発見があり飽きないですね。

 

 

Q.岩美町の課題点は何ですか?

 

A.岩美で見られる光景が特別なことだと思っていないことです。

 例えば、たくさん獲れたからお裾分け…と、家に野菜や魚を届けてくれたり、歩いていると「乗せていってあげるよ」と車に乗せてくれたり…そういうことが当たり前のように行われているけれど全部特別でとっても素敵なことだなと思います。

また、中山間地域であればどこもが抱えているであろう少子高齢化問題ですが、防ぐこと・解消することはとても難しいと思います。自分たちの地域をどうすれば残していけるか、守っていけるかを高校生のうちからジブンゴトとして捉えることができるようになるということが大切かな。高校を卒業して、一度都会(ソト)に出てもいいから、また故郷(ウチ)に還ってくる流れを作れたらと思います。地域の担い手・創り手をウチに閉じ込めようとするのではなくて、一度広い世界に羽ばたいても、また戻ってきたいと思わせることが重要かなと思っています。

 

 

[支えてくれるもの、大切にしていること]

Q.支えてくれるものは何ですか?

 

A.高校生たちの笑顔です。

 最近嬉しかったことは、「僕らの学校を頼んだよ」と卒業生に言われたことです。中山間地域にある学校は小・中・高校とも少子化の影響で統廃合の危機にさらされているところが多いのが現状です。「僕らの学校をなくさないで」と言われた時に、良い意味でのプレッシャーと頼りにしてくれているという嬉しさで、よし頑張ろう!ってなりました。また、生徒たちが、「こんなことがしてみたい!」と企画を立ち上げてチャレンジしていく姿を見ていると元気をもらえます。

誰かの”チャレンジしたいこと“のお手伝い、願いを叶えるためのサポートをさせてもらえるこの仕事はとてもやりがいがありすごく楽しいです。

 

 

Q.大切にしていることはありますか?

 

A.「反省しても後悔するな」という言葉です。また、おばあちゃんが言ってくれた言葉も大切にしています。

 今していることは、どれも自分が“チャレンジしたい”という思いから選択したことです。私は自然とワクワクして何をやっていても楽しさを感じています。

たまに落ち込んだりもしますが、そんな時は県外などに出かけ、切り替える時間を取っています。その場を1回離れてみる勇気も大切。また新鮮な気持ちで続けてみるようにしています。

幼い頃、おばあちゃんに「あんたは器量もない、かわいそうにな。でも誰にでも輝くものがある。それは笑顔。笑顔でいたら可愛がってもらえるから。」と言われてからは、笑顔でいることを大切にしています。また、「なんもない」と言われたことも、考え方を変えれば、何でもできて、何にでもなれるじゃんと思えて自分の可能性を考えるとワクワクしました。この言葉以外にも生きる上での大切なことをたくさん教えてくれたおばあちゃんのことを今でも尊敬しています。

 

 

[学生へのメッセージ]

なんにでもトライしてみんさいな。自分のチャレンジにゴール設定はせずに、ここまでって限界を決めないことが大切です。いろんなことにチャレンジして、可能性をどんどん広げて欲しいです。

 

 

インタビュアー:岡本&佐伯

文責:岡本