ぱんぴっと! インタビュー記事

NPO法人学生人材バンク学生プロジェクト「ぱんぴっと!」。鳥取で活躍する魅力的な社会人へのインタビュー記事を掲載していきます。

「海外に行くいいところは、 いろんな考えを持った人と友達になれる」 -小倉典子さん

「目次

 

[お名前]

[インタビュアーからの一言]

[アメフトを始めたきっかけ]

[鳥取について]

[海外と日本]

[日本から海外へ]

 

 

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小倉典子さん(写真左 旦那さん、お子さんと)

 

[お名前]
 小倉典子さん

 

 

[インタビュアーからの一言]


  海外での価値観・考え方の違いを、アメリカでの経験から

 お話しいただきました。

 「他人と違うことはじゃない、それも個性

 という言葉に勇気をもらいました。

 


[アメフトを始めたきっかけ]

 

 Q. アメフトを始めた理由を教えてください

 

 A  スーパーボウルっていうアメリカで一番大きいアメフトの試合があるんです

   けど、デイビスっていう選手がすごいいいプレイしていて、それを見て元気

   をもらった感じです。私も病気でちょっと大変だったので、病気とかで

   苦しんでる人にプレイを見てもらって元気になってもらえたらいいなと

   思って。一回大きいけがをしちゃって、手術しないと選手継続が難しいと

   いうふうになって一回アメフト辞めようかなと思って辞めたんです。小学校

   の子供たちに、頑張ったら夢は叶うって先生だったらみんな言うんですけど、

   (必ずは)無理じゃないですか。自分はほんとにやりたい夢があったけど途中

   であきらめちゃったので、言ってる言葉に対して責任というか、心から

   言ってるんじゃなくて適当に言ってるみたいな気が自分の中でしたので、

   

      本当に頑張ったら夢は叶うっていうのを

          子供たち見せてあげられたらいいなと思って

 

   手術してもう一回夢を追いかけてみようかなと。アメリカ半年日本半年

   っていう感じで生活してたので、日本にいるときは学校で授業したりとか

   して、アメリカでアメフトのシーズンの時はアメリカで選手してっていう

   感じです。

 


[鳥取について]

 

 Q. 鳥取へ戻ってからの生活について教えてください

 

 A  鳥取に帰ってきてから3年半くらいですかね。夫が日本で田舎暮らしを

   してみたいっていうことで、ちょうどタイミングよく若桜町の地域おこし

   協力隊で農業する人の募集があって、それに応募して、2年間は若桜

   住んでました。農家さんに研修みたいな感じで行かせてもらったんですけど、

   夫が研修先とうまくいかなかったり、あとイネ科のアレルギーが出ちゃって。

   研修は途中でやめさせてもらって、そのあとは若桜の特産品になるような

   野菜の試験栽培してみたりとか、品種改良を自分たちでやったり、あとは

   中学生とか小学生に英語教えたりしてました。夫は自分が希望した田舎

   暮らしだったので満足してたんですけど、私は夫の希望で選手を引退

   しないといけなくなったっていうのがあって、そういうのを抱えながら若桜

   で仕事してたので、なんか精神的に気持ちが……。仲のいい友達もいないし、

   トレーニング環境とかも前の環境と全然違うので、個人的に馴れないって

   いうところもあって。でも若桜の年配の人は結構仲良くしてくださって、 

   料理とかも教えてもらって、そういうのは楽しかったです。

 

 

 Q. 慣れない環境で暮らすためのモチベーションになったものはありますか?

 

 A.  せっかく引っ越してきたので、若桜の特産品になるものが開発できたら

   いいなと思って、グループでやってたんですけどそういうのは

   モチベーションになりました。

 


 Q. 鳥取で働くことについてどう考えていますか?

 

 A.  琴浦町が地元なんですけど、鳥取県で働くのは環境的には自分には

   合ってると思う。都会みたいに通勤ラッシュとかないし、時間に追われる

   こともないんですけど、もうちょっとスポーツをする環境が良かったら

   いいなと思ったりします。今夫が英会話教室をしてるんですけど、私も

   一緒に参加してて、アメリカにいて英語の勉強にもなったのでそこは語学

   の面で活かせてるなと思います。

 


[海外と日本]

 

 Q. 鳥取で暮らす中で役に立ったアメリカでの経験はありますか?

 

 A. 小学校の講師の頃に特別支援もさせてもらってたんですけど、私が

   生まれつき高機能自閉症で、日本にいるときは困りながら生活してたん

   です。アメリカに行くと日本よりも支援がすごい進んでるので、安心して

   生活したりスポーツができたりする。自分が実際に支援してもらって、

   日本に帰ってきて子供に対して支援っていうところでも還元できたかなと

   思うところはあります。スポーツの面で言うとそう(支援が充実してない)

   かなと思った。日本だと保護者にいてもらわないといけないっていうのが

   あったりしますけど、アメリカはコーチが教育をちゃんと受けているので、

   うまく子供に合わせて指導してくれます。普通の人たちも知識があって

   上手に接してくれるっていうのはすごい感じました。日本は

   障がい表に出さんほうがいいみたいなのがあって。持ってる人

   出さないし、周りの人も関わろうとしなかったり、勉強しようと

   しなかったりするんですけど、アメリカはそうじゃないので、勉強になり

   ました。自分が障がいを持ってるって言ったら

   「この子に対してこういうふうに接したらこの子も安心してスポーツできる」

   っていうのがみんなわかってる感じです。「」っていうふうには捉われ

   なくて、障がいも個性みたいな感じで、悪いものとしては捉えられない感じ

   ですかね。生活面ではすごい楽です。

 


 Q. どうすれば「違い」に寛容になれるのでしょう?

 

 A.  日本って島国なので、同じ人種、同じ日本人しかいなくて、みんな同じ

   ようにしないといけないみたいな感じがある。できなかったら弾かれるし、

   弾かれないように一生懸命頑張らなくちゃいけないっていう感じで苦しく

   なっちゃうけど、海外だといろんな民族の人が暮らしているので、もともと

   私たち(日本人)と違うっていうのがあるんじゃないかっていう感じがします。

   日本はADHDの人が増えてきてるって言われていて、そういう人たちって

   もともといたと思うんですけど、日本の中で圧迫されて、頑張ってみんなと

   同じにしようと思って表に出さないように生活してたりしてたんじゃない

   かな。国的にも力を入れてるとか、人権について学んでいく機会の違いも

   あるのかもしれないです。親とかも、日本だと(子どもの障がいを)隠そうと

   するじゃないですか。自分の子どもが差別されたらかわいそうって思ったり

   して、子どものためを思って隠したり、病院に行かせたくないって言う親も

   いるんですけど、アメリカは落ち着いて勉強をさせてあげたいとか、

   友だちとうまく遊べるようにさせてあげたいって思ってカウンセリングを

   受けたり、子供が落ち着いて暮らせるようにしていました。

 


[日本から海外へ]

 

 Q. 海外で活躍するために学生の間にやっておくことはありますか?

 

 A.  高校の時にオレゴン州に短期留学したことがあるんですけど、それが

   あったからアメリカでアメフト選手になろうと思った時もあんまり恐怖感

   がなかった。一回行ってアメリカがどんな感じか分かってたので、海外で

   仕事しようって思ったら学生の時に短期でも行ってみると雰囲気が分かって、

   急に仕事ってなったときよりも精神的に楽かな。

 


 Q
. 海外へ行くメリットを教えてください

 

 A  海外に行くいいところは、いろんな人種の人と、いろんな考えを持った人

   と友達になれる。日本だと偏りがちですけど、いろんな考えを持った人と

   友達になれるっていうのがいいところ。自分の考えも豊かになるし、

   友だちの絆ってお金で買えないものなので、大事だなと思う。あとは自分が

   実際にアメリカに行ってみて、鳥取県の良さが再認識できた。自分はいい所

   に住んでるなーと地元の良さが分かりました。鳥取県って自然があるし、海

   も山もあるし、魚も美味しいし。

 

 

 Q. 海外へ行くハードルは高いですか?

 

 A. 1人で行くと大変かもしれないけど、県、町の企画とか一緒に行こうって

   いうツアーがあったら、ツアーで行ってみるっていうのもありかな。私が

   行ったのは町の国際交流で4人で行って、困ったら協力できたので、一人で

   行くのがハードル高いなって思ってるんだったら短期留学のツアー

   みたいなのがあったらそれで一緒に行ったりとかするとハードルは低く

   なるかな。あとはホームステイかなんかで一緒にできるんだったら

   そういうのも楽しいかなって思うし。1人よりは他の人と一緒に行った方が

   何かがあったときに心強い。

 


[
学生への想い]

 

 Q. 学生に対して思っていることはありますか?

 

 A.  困っていることとかがあったら言葉に出してどんどん発信していったら

   いろんな人が助けてくれやすい時代になっているんじゃないかと思うので、

   どんどん思いを発信していってもらいたいと思います。そうしたら

   気づかなかった人も気づきになるし、言ってくれたことで気づけること

   とかあるので、若い人たちの意見もどんどん知れたらいいかなと思います。

 


 Q
. 学生へメッセージをお願いします

 

 A. 学生の時って働きだしたら忙しくなっちゃうので、勉強も頑張りつついろんな

   ところに出かけてみて遊んだりとか、いろんな友達を作って、今しか

   できないことをやってもらいたいなと思います。自分が本当に何が好き

   なのかをわかる時間であるかもしれない。私は最初大学で物理を専攻してて

   途中から体育に変わったんですけど、大学に行ってみてやっぱり勉強したい

   ことこれじゃないって思ったら違う方面に変わるのも全然ありだと思う。

   嫌なことを勉強し続けるよりかは自分が好きになったり、こっちの方が

   よさそうって思ったら思い切って変わってみるのもいいかなって思います。

 

 

文責:木下

 

 

 

 

 

「やりたいことは自分の中にある。」 鳥取大学地域学部 稲葉千華さん

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・[インタビュアーからのひとこと]
・[所属 名前]
・[鳥取大学に入ろうと思ったきっかけ]
・[大切にしていること]
・[うまくいかないとき]
・[やればよかったこと]
・[目標]
・[学生へのメッセージ]

 

 


[インタビュアーからのひとこと]


物腰が柔らかく、落ち着いた方で、とても話しやすかったです。
常に物事を冷静にとらえ、問題に向き合う姿勢は、

尊敬せずにはいられませんでした。

 

 

[所属 名前]

 

Q. 所属と名前を教えてください。

 

A. 鳥取大学地域学部
 稲葉 千華 さん

 

 


鳥取大学に入ろうと思ったきっかけ]

 

Q. なぜ鳥取大学を選んだのですか?

 

A. 隠さずに言うと、センター試験の結果で選びました。

 

元々やりたいこともなく、 「とりあえず公務員」 と思って、
名前からして公務員っぽい、鳥大の地域学部に入ることにしたというのが本音のところです。
予備校の先生にも、 「うかるで」 と言われ、ろくに調べずに入りました。

 

でも、実際地域学部に入って、よかったなと思います。
フィールドワークが多くて、座学だけじゃないものを得れたから。

 

高校までは、頭でっかちな理論や公式を学んでたけど、
その勉強が何になっとるんか分かってなかったんだよね。

「サインコサイン 使わんくね」とか思ってたな(笑)


大学でも座学はあるけど、フィールドワークがあることで、座学とコネクトができて、
「こういう話って座学でやったこのことなんだ、ここで役立つんだ!」
って思えたのは大きいなと思います。

 

それに、大学では保育園の待機児童とか耕作放棄地とか、
地方地域都会を含めて、今の日本のホットな話題を扱ってるんだけど、
外に出た時、バイト先の社員さんとかおじいちゃんおばあちゃんと話す時、
話題にこと欠かないし、世代で考えてること全然違うんだっていうのを体感できるんです。

 

等身大の自分として社会問題をとらえられるようになりました。


[大切にしていること]

 

A. 大切にしている考え方はありますか?

 

Q. 「誘われたら断らない」
 「ふっかる」 
 「忙しさをにじみださない」 こと

 

大学の最初は、とにかく動こう思って、
誘われたらどこにでもいくようにしていました。

 

忙しいと思われていると、みんな誘ってくれないけど、
余裕を醸し出していたらみんな誘ってくれるんです。

 

A. 今の考え方になった転機はありますか?

 

Q. 一番のきっかけは浪人したこと。
 
もともと、損得勘定の強い性格で、
自分に得か損かっていうのを考えて、
自分が得することはやろう、損しそうなら切り捨てて…             という生活を送ってました。
  
今思うと、チャンスを無駄にしたなって思います。 
   
浪人時代って、結果がすべてなんだよね。
勉強して、「こんなにやったんですよ」って私の努力をみせるけど、
模試の結果を見せると、「でもこれじゃあね」と受け取られる。

 

もがいてたなぁ。
めっちゃ頑張って、これだけの結果しかでんのかって、
自分損しとるって思った。
でも頑張らんと受からんし。
そしたらなんか、損得勘定がよく分からなくなって…

 


あともう一つ、自分には 「何かしたい、好き」 って思うもの、
夢中になれるものが特になかったんだけど、浪人仲間の友達に、そういうのを
すごく持ってる友達がいたんだよね。
「自分はこの大学で、こんな勉強をするんだ。

 1年ではこれして、2年ではこうして、

 卒論はこんなことするんだ」って、4年間の過ごし方を全部決めてた。

 

「すっげ!」って思ったよ。 (笑)
で、その子と比べた時、自分なにもねぇな、大学行けりゃあええわ
っていう精神でいたなと思って、自分が恥ずかしくなった。
損得勘定で自分をかこつけてる場合じゃねぇなと思って。

 

その友達に感化されて、友達みたいには計画立てれないけど、
大学では損得勘定なしにしようって決めたんです。


大学では、何が得とか分からんことが多いんよね。
例えば飲み会で、「あの人と飲んで失敗したわー」ってその瞬間は思っても、
でもいつか、「良かったな」って思える時が来るかなって期待して、
そう思える自分に期待して、やろう
大学ではそういう風にやろうと決めました。

 

 


[うまくいかないとき]

 

A. うまくいかないときはありましたか?

 

Q. 2つありました。

 

1つは、大学2年のときの地域調査実習。
1年間フィールドワークして、調査して、報告書にまとめるっていうものを
3人でやったんだけど、考え方が三者三様すぎて、まとまらない!
担当の先生にアドバイスもらうけど、3人で理解が違うんよね。

 

次これしよう、これしたいって意見を出すけど、
「先生そんなこと言っとった!?」 ってなったり。
方向性が違うから、とんちんかんな方に進んだり…

 

1人だったらさくさくいくんだろうけど、3人集まらないと報告書はできない。
3人だから、報告書にそれぞれの色が出て、先生もそれがいいって言うし…。

 

チームでやるって難しいなって思ったよ。

 

 


A. どういう考え方で乗り越えましたか?

 

Q. 妥協もあったし、自分を主張しすぎないようにしました。

 

でも自分の色をだしたいところはあるから、

それぞれの色を出すところを決めて、
そうでもないところは、「○○ちゃんのアイディアが活きそう」
「このアイディアよりそっちの方が良くない?

 そしたらここめっちゃ膨らむよね」

みたいな感じで、してました。
結果的にはうまくいったと思う。

 

 

2つ目は、3年の前期に行った、インターンシップのこと。
半年間週に3回、会社にインターンシップして、
経営戦略立てて、実際にPDCAサイクル回していくっていうもの。

 

それが大変だってね…。まず計画したことが通らんかった。
どうやったら人にうまく伝わるだろうって考えて…。
大人数の時と個人でアピール方法変えたり、
時間調整とか気を付けました。

 

1人でできることって少ないから、

「全体で良くなればいい」 って考えて、
相手を立てたりすることもあったなぁ。


インターンシップで特に印象に残ったことは
こんなに合わん人おる!?っていうのかな。

 

大学入ってから、外に出ようと意識して、

色んな人と話そうと思ってたんだけど、
自然と類とも呼んでたんだなって気づきました。

 

そこは結構閉鎖的で、こういう会社には行きたくないなって。
社内の風通しが悪いとか。小さいことかもしれないけど、
会社の見るポイントを学べました。

 

この人の下では働きたくないとかさ、思うけど、でも
社会に出たらそういうもんなんだろうなって。
でも、これも全部、行ってみなきゃわからなかった。
文字じゃ絶対分からんことを学べたのが良かったと思います。
       

 

[やればよかったこと]

 

A. 後悔していることは?
 
Q.基本ないけど… もっと外に出てもっと体験すれば良かったかな。
  もっと体験すればよかったなって。
  足を運んで初めて身につくことっていっぱいあるから。

 

  今からでもしようと思う。どんどん外に出たほうがいいよ!

  

 

[目標]

 

Q.社会人になってからの目標は何ですか?

 

A. 私と、私の大切な人、家族や友達が幸せになってくれたらいいな。


なんでもできるようになりたいとは言わない。
大切な人が笑っておってくれたらそれでいいじゃん、って思う。

10年後の世界って10年後の社会によるから分からない。
漠然とした分からないことに対する危機感って、よく分からない。
だから、目の前のことを精一杯やりたいと思う。

 

身の回りの人が、幸せに暮らしていけたら幸せだなぁ。
       

 

 

[学生へのメッセージ]

 

Q.下級生に一言お願いします!

 

A. 大学生って、やりたいことみつからないっていう人多いよね。


でも自分は、やりたいことって絶対自分の中にあると思ってるんだよね。

やりたいことをみつけるためには、
やるべきことを一生懸命やることが必要だと思う。

 

そしたら、これが終わったらあれがやりたい、
これ一生やりたくない、
これやってみたらめっちゃ面白かったかも とか出てくるよ。

要するに、判断材料が見つかる。

 

真っ暗な部屋で、「やりたいことが見つかりませんっ!」 って言うより、
やるべきことの部屋にいて、 「ああ、やらな!!」 って
やらないかんことがはっきりしているものから
やっていくしかないんじゃないかと思います。

 

 

 

 

インタビュアー 志水

 

文責 志水

 

 

「自分の気持ちに正直に生きよう。自分が楽しいと思えることをしよう。」鳥取大学地域学部地域環境学科 ぱんぴっと OB 山本勝也さん

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「自分の気持ちに正直に生きよう。自分が楽しいと思えることをしよう。」
鳥取大学地域学部地域環境学科 ぱんぴっと OB 山本勝也さん


・【所属・名前】
・【インタビュアーからの一言】
・【ぱんぴっととの出会い】
・【ぱんぴっとの活動で印象的なこと・転機となった出会い】
・【ぱんぴっとの活動を通して】
・【やり続けることの大変さ】
・【大学生に一言】

 

*【所属・名前】
鳥取大学地域学部地域環境学科 ぱんぴっとOB
山本勝也さん

 

*【インタビュアーからの一言】
フレンドリーで、とても話しやすい方です。
初めてのインタビューも緊張せずに楽しむことができました。
話を聞いて、とても楽しく過ごしておられるのが伝わってきて、私も誰かに楽しいことを共有できるような人になりたいと思いました。

 

*【ぱんぴっととの出会い】
Q.なぜ鳥取大学を選ばれたのですか?

A.一人暮らしがしたかったからです。親からそのためには国公立大学じゃないとだめだと言われました。広島出身の先生に、手の届くレベルでしっかりしている大学だからという理由で鳥取大学を進められたから、勉強しました。
今の学部では、科学(化学・物理)の基礎を学んで、地域と科学テクノロジーの融合について、学んでいます。

 

Q.ぱんぴっととの出会いを教えてください。

A.同じ学科の友達が和泉さん(ぱんぴっとOB)と地元が一緒で、その人に無理やり新歓に連れていかれたのが始まりです。
とりあえず、と軽い思いで入ったらここまできてしまいました。(笑)
やっていて楽しくなかったから、入団してから何度か辞めたいと思ったことはありました。
元々社会人と話すことに興味はなく、ある時にインタビューをした人をが、仕事をちゃんとやっていて軽い感じの人でした。たまそういう人に会いたいと思ったからここまで続けることができましたね。

 

*【ぱんぴっとの活動で印象的なこと・転機となった出会い】
Q.ぱんぴっとの活動をされてきた中で、印象に残ったことを教えてください。

A.イベントを初めて企画したことです。とてもやりがいを感じました。
鳥取大学OG/OBだっぴ、くりぴっと を企画しました。
企画を考えるときは参加してくれる人の立場を考えることを意識していました。

 

Q.先ほど、ぱんぴっとを続けてこられた理由として、ある人にインタビューしたからだとおしゃっていましたが、それはどのような人ですか?

A.池原さんという人です。モルタルマジックという会社の社長で、砂丘の砂を使ってフィギアを作るなどの観光的な仕事をされている人です。
元々阿蘇で火山灰を使って参考資源を作ることに成功されて、鳥取砂丘でもなにかできないだろうか?と思い、鳥取県に来られたそうです。
この方にインタビューして、自分がやりたいことをやっていて、好きなことを突き詰めているのがいいなと思いました。
その方の見た目は軽い感じで、普段忙しくても楽しそうに仕事をされていて、自分も将来そうなりたいと思いました。
その方へのインタビューを経て、『正直に生きよう。楽しいことをやろう。』と思いました。

 

Q.では、山本さんにとってその楽しいことはなんですか?

A.最近までしていた就活が楽しかったです。交通費に30万使いました。(笑)
せっかく遠いところに行くのだから、就活を観光にしようと思いました。
池原さんのように、しなくてはいけないことをやりつつ、ちゃんと楽しむことができました。

 

*【ぱんぴっとの活動を通して】
Q.ぱんぴっとでの活動を通して自分が成長したと感じる部分はありますか。

A.良い意味で口がうまくなりました。
自分が言ったことにいかに行動を追いつかせるか、という点では自分はまだまだだと思います。人の話の聞き方、程よくさぼるコツを学びました。
大学生は人間関係次第でとても充実したものになると思います。

そんな人間関係を築くうえでこの活動はよかったですね。

また、他のぱんぴっとのメンバーからも刺激を受けました。
大國さん(ぱんぴっとOG)たちと活動していてただただすごいなと思いました。あの人たちは自分のプライベートを削ってまでやっていて、本当にこの活動が好きなのだなと思いました。
自分はプライベートを削ってまで活動しようと最初は思わなかったけど、度々仲間に影響されたと思います。

 

Q.ぱんぴっとを含め、鳥取に来てよかったとおもうことを教えてください。

A.鳥取だったから、ぱんぴっとに入ったのだと思います。
東京や大阪ではこういう団体はたくさんあるけど、鳥取では逆にそういった団体が珍しかったため、せっかくだし入ってみようかなと思えましたね。

 

*【やり続けることの大変さ】
Q.鳥取大学に入る以前のことを教えてください。

A.まず中学の頃は色々と間違えました。
警察のお世話になったり、自覚がないままいじめの主犯にされたこともありました。
自分の中学校は野球がとても強くて、ベンチにいても試合に出れないことが多くありました。試合に出れなくて気持ちが腐ってくると、私生活まで荒んでしまいましたね。

高校のころは野球が楽しかったです。強くない高校だったけど、春の大会で県ベスト8まで勝ち進むことができました。
地方大会では高橋順平(現SB・ドラフト1位)とやりあったこともあります。(笑)
大学では肘を怪我して野球から離れました。それなら今までやってこなかったことをやろうと思い、ぱんぴっとに入りました。
いまでは社会人も入っている草野球チームに所属して野球を続けています。

どんなことでも一つのことをやり続けていたら嫌いになることはあると思います。
それでもひとつのことをやり続けることは、いろんなことに生きてくると思いますし、ぱんぴっとを最後まで続けることができました。
他にも、自分は大学に入ってから同じバイトを3年間続けているのですが、初めは嫌だったことでも今では楽に感じられます。続けていくとその先は楽になりますね。


*【大学生に一言】
Q.最後に、後輩に一言よろしくおねがいします。

A.今を楽しんでください。
大学生はあっという間に終わるので、今のうちにすきなことをしたり、行きたいところに絶対に行った方がいいです。
自分にとっては車で青森にいったことが大学生活で一番楽しかったですね。


インタビュアー:北川
文責:北川

「人の役に立っていると思えるから、明日も仕事を頑張れる。」 こおげ建設株式会社 代表取締役 山根敏樹さん

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【所属 名前】


こおげ建設株式会社 代表取締役
一般社団法人鳥取県建設業協会 会長
山根敏樹さん

 


【インタビュアーからの一言】

 


周りの人を大事にされるような、
とても気さくで、話していて優しさが伝わってくる方です。

 
従業員さんのことやご家族のことを第一に考えていて、
私にとって、こういう人の下で仕事をしたいと思わせてくれるような

「理想の社長さん」でした。

 



【職業・仕事内容】


Q. ご職業と仕事内容を教えてください。

 

A. こおげ建設株式会社の代表取締役をしています。

そこで、総合建設企業の会社経営を行っています。


私たちの会社は、建設業を通じて社会に奉仕するという信念のもと、

事業としては主に、


新築・リフォーム・無電極照明・環境関連商品・土木・建築・介護・福祉
をしています。

 


Q."社長としての仕事"って何ですか?


A.何が”社長の仕事”の定義かと聞かれたら、私にもまだ分からないですね。

 ただ、社長として大切にしていることはあります。

 

それは、方針を出すことです。 

 

会社全体の目標だとか、

何年かけてこの事業をやろうという長期的な計画とか、

まず方針を出すことを大切にしています。
 

もう一つは、責任をとることです。

 

会社の経営に対してや、

従業員のやることに対しての責任をとることが、

一番大切な仕事ですね。

  

私が社長として、会社や従業員に対して出来ることとして、

初めにあるのが方針、

終わりにあるものが責任であることを常に意識しています。 

 

 

ところで、私にとって仕事は“難しいもの”であると思います。

 

仕事を始めて今まで、100%の成功というものは無いんですね。 
営業に行った際も、自分の気持ちが空回りすることだってあります。

 

そのようにして、いつも仕事の難しさを痛感しています。 

ただ、難しいからこそ、出来ることをしようと考えています。

 

例えば、トラブルが起こった際には、まずは初動をどうすべきかを考えて、

 トラブルが二度と起こらないように再発を防止することに努めています。

 

ただ、また再発してしまう。これが仕事の難しさですね。

 

そうしたらまた再発防止のために対策をします。仕事というのは要するに失敗の繰り返しですね。

 

  

【学生時代のこと】

 

 

Q.どのような学生時代でしたか?

 

A.私が学生の頃は、アルバイトと魚釣りに明け暮れていました。

その時に、私は自分の遊ぶお金を稼ぐために、

多くのアルバイトを経験しました。

 

その中でも特に印象に残っているのは、交通量の調査ですね。

交差点沿いに座って、車が通る度に手元のカウンターをカチカチしていました。

それをなんと24時間連続でやってたんですよ。

そのバイトが終わった後は、もう授業どころではなかったですね(笑)

 

ただ、色々なバイトを経験して、

世の中の仕組みや、お金をもらうという行為の大変さを学びました。

 

もしも自分の時間があるならば、

アルバイトも勿論、本を読んだり、趣味に没頭するなり、

何か行動した方がいいんですよ。

 

せっかくの貴重な時間を、ボーっと過ごすのは勿体ないじゃないですか。

 

 

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【人生の転機】

 

 

Q.山根さんにとっての人生の転機を教えてください。

 

A.私にとっての人生の転機は、学校を卒業して初めて就職したことですね。

 

初めての仕事は、東京にある大手機械メーカーの販売でした。

 

毎日ひたすら歩いて、知らない会社へ飛び込みで訪問して、

その日のノルマをこなすので精一杯でした。

 

いつも終電まで働いて、家に帰ったらなんともう23時や24時。

そのころにはもう駅付近の弁当屋と牛丼チェーン店しか営業していませんでした。

 

販売の仕事はとても大変でしたが、毎日が新しい発見にあふれていて、

「モノを売ることってこういうことなんだ!」と度々感心しました。

 

私は、販売の仕事を始めた時から、

どんな状況でも「しんどい」を言わないことに決めました。

 

いくら「しんどい」って言っても、結局は自力でやる以外手がないですからね。

弱音を吐いたところで、結局は自分の能力を上げるしかないんですよ。


なので、もしも「忙しい?」と聞かれたら「普通だ。」って返してやる。

今でもそれが私の美学です。

 

それに、弱音を吐いていたら、人としてどんどん暗くなっちゃいますよ(笑)

 

 

【“地方で働く”こと】

 

 

Q.例えば鳥取県のような、地方の中小企業で働く強みとは何ですか?

 

A.地方の中小企業で働いていると、社長と従業員の距離の近さを感じます。

距離が近いと、まず社長の意思が従業員に伝わりやすいです。

 

そして何より、従業員の声が社長にスピーディーに届くことが強みですね。

 

私の会社では、もし従業員から意見を貰えば、

社長である私が、上司を仲介して聞くようにしています。

 

もしも、その時に自分の考えと違う意見を貰った際には、

「NO」ではなくまずは「YES」を切り口にしています。

 

「YES」で相手の意見をまず肯定する。

そのあとに、「他にもこういう方法があるけど、どう思う?」

と続けると、お互いにとってwin-winな対話が生まれます。

 

もしも「NO」で始めから一方的に否定してしまうと、

相手にとっては、自分の意見を頭から否定されているみたいで、気持ち良くないですよね。

 

一方、大きい会社や、政治の絡んだ仕事であるにつれて、

上が決めたプランを下に流していく、

いわゆるトップダウン型が主流になります。

 

上が知恵を絞って出したアイデアに対して、

下からいろんな意見が出ても、

バッサリカットされてしまいます。

 

自分の仕事に対して積極的で、

向上心にあふれた新入社員にとって、

自分の意見が反映されないことは、とても辛いことですよね。

 

ですので、そういった従業員の声が上に届きやすいことが、

中小企業の強みであると思います。

  

 

【従業員・家族に対する思い】

 

 

Q.今後のお仕事の目標は何ですか?

 

A.従業員や家族が路頭に迷わないように、

会社の経営をこれからも安定させることですね。

 

従業員が、将来家を建てられるように、

子供を大学に入学させてあげられるように、

そういった“経済的に不安のない生活”をさせてあげられるようにするのが

今後の目標ですね。

 

先ほど言ったように、仕事ってのはとても難しく、大変なものです。

ただでさえ仕事で苦労するのに、生活面でも苦労したら

働くためのモチベーションが保てないじゃないですか。

 

必死に働いたお金で家族を養う。

私自身も、その為に仕事を頑張れます。

 

昔の人の考えは

「家族を守るために仕事をする」。

現代の人の考えは

「家族の絆があるから仕事ができる」。

私にとっては、未だに前者の考えなんですね。

 

 家族と休日に家でのんびりする日々を守るために、

仕事を頑張ることが出来ます。

 

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【学生へ一言】

 

 

Q.最後に、これから社会人になる学生へ一言メッセージをお願いします。

 

A.就職した後の話になりますが、

仕事をする際に一番感じてほしいことは、“達成感”ですね。


私にとっては、営業して仕事を手に入れた瞬間、

その仕事を完工した瞬間は達成感を感じることが出来ます。 


また、私たちが工事に携わった建物や道路が、

 

地域をより安全にしてくれている。

地域に住む人々の生活を便利にしてくれている。

 

このように、「私たちの仕事が、人の役に立っている」という達成感が

明日の仕事も頑張れる力になってくれます。

 

勿論、他の仕事にも達成感を感じる瞬間は必ずあると思います。

 

だから、若い人には頑張って働いてみて、

達成感を感じる瞬間を味わって欲しいです。

 

 

最後にひとつ、もう “平成”も終わって“令和”が来ますからね。

若い人には、この新しい時代を背負ってくれることを期待してますよ!

 

 

 

インタビュアー 石井

文責 石井

取材協力 NPOツナガルドボク中国

「どう在りたいかが大事。自分をしっかり持って、いろんなものをいっぱい見て」 ハーモニィカレッジ理事長 大堀貴士さん

 

 

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目次

 

 



[所属 名前]


認定NPO法人 ハーモニィカレッジ理事長
大堀貴士さん

 

 


[インタビュアーからのひとこと]

お話しているだけでホッとする、

包み込むようなあたたかさが伝わってくる方です。


働く楽しさを教えてくれる社会人がそばにいるだけで

将来を考えるのがこんなにも楽しくなるんだな

と思いました。

 

 

 

 


[職業・仕事内容]

 


Q. ご職業と仕事内容を教えてください。


A. 認定NPO法人 「ハーモニィカレッジ」の

 代表をしています。

 


そこでは社会教育の場をひらいていて、

事業としては主に、

 

ポニーパーク:週末の子どもの居場所、体験活動の場づくり


ポニーキャンプ:主に県外の子どもたちを対象に

長期休みで合宿(年間約400人が参加)、


牧場ようちえん「ぱっか」:県の条例認証を受けて森のようちえんを開設


ポニー教室:一般の子どもたち向けにポニー遠足、出張ポニー教室など


因幡ふれあい乗馬:大人の乗馬会。

20代~70代までが参加。

日常生活の中に「馬との時間」を!


ホースマンシップ:馬のトレーニングを通じて

人がコミュニケーションを学ぶ

 


などがあります。

 

ホースマンシップ事業は、

コミュニケーションの取り方を学んでもらうこと

を目的にしています。

 

 

馬をトレーニングすることって、実は自分のコミュニケーショントレーニングにもなっているんです。

 

 

よく言われる「社会人基礎力」の中に、人と人の関係性があります。

会社をやめる理由の多くが人間関係のようです。

 

そういうコミュニケーションを人と人でやるよりも馬とやって、

結果的にそれが人同士のコミュニケーションと同じだ

ということに落とし込みたい、と考えています。

 


コミュニケーションをとる時、

一方的に自分が言っても相手が理解してなかったら、

それはコミュニケーションがとれたとは言えないですよね。

 

 

伝えて、伝わったことがコミュニケーション。

 

それは人と馬でも同じ。

伝えても馬が理解できなかったらそれは相互に

理解したことにはならない状態だから、

絶えず互いに理解し合える関係をつくる勉強を

しよう、という事業です。

 

お題目は「馬をトレーニングすること」なんですけれどね。

 

 


うちに事業の特徴としては

全ての事業に馬が絡んでるということと、

大学生のボランティアが関わってくれていることです。

 

大学生には地域のひと、

子どもと大人のつなぎ役として居てもらっていて、

大学生は潤滑油的な、全体を円滑につないでくれる

存在やなぁと思っています。

 

 


[学生時代のこと]

 


Q.どのような学生時代でしたか?

A. 大阪工業大学出身で、

 光ファイバーの研究などをしている学科にいました。

 


理系の科目が得意だったのと

経済的な苦しさを子どもながらに感じていたため

お金には困りたくないという思いがあり、

「就職する時に有利な専門職、高給取り、

 お金持ちになりたい」という思いから

その大学に進学することを決めました。

 


学校外の活動ではボランティア活動をしていました。


もともと子どもの時から野外活動に行くのが好き

キャンプしたり山に登ったりしていました。

 

その時にいた大学生がかっこよかったんです。

大きくなって自分もあぁなりたいなと思っていたので

専門職を目指しながら学外ではボランティアを

しながら過ごしていました。

 


大学って普通は4年だけど、僕は6年かかりました。

大学に気に入られたのかな(笑)

やりたいことと学業のバランスを崩してしまって…。

 


留年するって決まったとき、色々考えました。

「お金のために」と思って大学に入ったけど、

それをすごくやりたいわけでもない。

子どもと関わっている自分は大好きだったけど、

仕事にはならない。

 


留年が決まった2年間、ネガティブな事象でも

ポジティブな側面があるっていう捉え方を

できるようになってて、

 

それは子どもたちとの関わりの中で仲間たちと

いろんな悩みを経験した時、

「この2年間があってよかったと思えるように

 これからを過ごそう」と決めました。

 


これまでいた4年間とまったく違う時間の使い方を

しようと思い、行ったことのないところへ行ったり、

会ったことない人に会いに行ったり、

旅に出たりしました。

 

できるかどうかは分からないけど

とりあえずやってみようと思って。

今までほとんど読まなかった本も読むようになりました。

 

 


人生について仲間たちと話すなかで、

自分の人生は一回きり。

親のため、大学の教授のために生きるわけでもない。

自分で考えて切り開いていくものやと思ったんです。

 

 

自分はどう在りたいか、生きたいかを考えた時、

自分自身に問いかけるようになりました。

 

お金を稼いで何をしたいんだろう?

そんなにないなぁ。


良い車乗って良い家住んで、

俺の人生そんなんで終わっていいのかな、って。

 


人生を考えた時、子どもと向き合ってるときに、

自分の内面がふつふつと燃え上がる瞬間があって、

「めっちゃ生きてる、役に立ってる」って、

すごく喜びを感じる瞬間がありました。

 

それを探っていくと、

自分が何かしたことによって人が力をつけてくれたり

子どもが成長した瞬間に立ち会えたとき

めちゃくちゃ嬉しくなることに気づいて。

 


「どうありたいか」がすごく大事で、

自分は人生を通してどんな存在になりたいか

考えた時、人の可能性、未来の力をのばせる存在に

なりたいと思いました。

 

 


このタイミングでこの言葉に出会う⁉

と思うようなことが沢山あって、

惹きつけられるようにそういう本を読み漁りました。

 


その中でも印象的だったのが、

ネイティブアメリカンのある言葉。

 

 

「あなたが生まれた時、あなたは泣いていて

周りは笑っていたでしょう。

あなたが死ぬとき、あなたは笑っていて、

みんなは泣いてる、そんな人生を送りなさい」

 

その言葉を見た時、自分の中にバーンと入ってきて

こんな生き方をしたい!と思いました。

 

そしたら俺は、光ファイバーではないなと思って、

そんな時に、ハーモニィカレッジを立ち上げたばかりの

石井さん(創設者)に出会ったんです。

 

 

 

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彼はお金があるようには見えなかったんだけど、

「絶対会ってほしい」と仲間の一人に言われて

鳥取まで会いに来ました。

行ってみると、集落の中に小さな畑の一角に

馬が何頭かいて、自分の中の「牧場」の定義が

ゆらいだ瞬間でした。(笑)

 

「どうだい?良いだろう」と言われて

その時は素直に良いとは思えなかったけど、

その牧場は子どもたち、地域の人たちと

手づくりで完成させたものなんですね。

 

 

その時、日本一小さな牧場は、

日本一あったかい牧場なんやなぁって思ったのを

覚えています。

 

その晩、子ども、地域の人、馬が集まって

ビールを飲んだのだけど、

小学生がお酌にきてくれたことにびっくりして。

 

その子は周りを見て、自分から動いていたんです。

いきいき動いている子どもたちに

衝撃を受けましたね。

 


次の日、馬の乗り方を教えてくれたのは、

石井さんと一つ屋根の下で暮らしている、

困り感を抱えて親元を離れて暮らす子どもたちでした。

 

教育や知識は「大人が子どもに教えるもの」だと思っていたからかなり衝撃的でした。

 

自然と子どもが育っているところを見て、

こんな風に子どもの力をのばせるようになるんやな

と思って、そこから自分の将来の進路は

そっち方面に舵を取るようになりました。

 

 

いろんな人に自分で連絡して会いに行って、

輝いてるかどうかを確認しに行っていました。

 


どこも悪くはなかったけれどピンともこず、

そんな時に石井さんだけは違っていました。

彼から「1年間一緒にやってみないか」と言われて、

「やります!」って即答しました。

 

 

 

 

[就職までの道のり]


Q. そこから今に、どうつながっていますか?

A. 大手の内定を蹴って鳥取の牧場で働くことを

決意したんだけど、初任給は5万円、

バイトの時より少なかったです。

 

でも、不安はなかった。

「この人と働いて、切り拓いていきたい」

という思いでいたし、毎日が楽しくて、

こんなに仕事って楽しいんだ!という感じでした。

 



「大卒のシュート(←大堀さんのニックネーム)

 に十分なお金を出せるわけでもない、

 いつまで続けられるかも分からない。

 自分の夢に巻き込むことはできない」

 

 

とも言われたけれど、

 

「自分が頑張ればいい、それでダメになっても

 後悔はないから一緒につくっていきたい」

と伝え、2年目から二人三脚で

やっていくことになりました。

 

21年続けてきて

大変なことももちろん沢山あったけど、

一回もやめたいと思ったことはないし、

石井さんというカッコイイ大人との出会い

大きかった。

 

前までの自分を絞っていた

「ねばならない」生き方から

「やりたい生き方」へ考え方が変わり、

今はやりたいように生きています。

 

 

 

[「教育」 とは?]


Q. 大堀さんにとって「教育」とは、

 どのようなものですか?



A. 基本的に、育てるではなく、 育つ

 という考え方です。

 

広辞苑で「教育」を調べると、「アプローチをして

変化させること」と書かれているけれど、

子どもを変えようとするんじゃなくて

大人は子どもが何かやりたくなるような

きっかけをつくることだと思います。



昔、不登校の子で

馬を育成するゲームが好きな子がいました。

「そんなに好きなら本物の馬のところに行っておいで」

と親にいわれ、その子は馬とのくらしを始めました。

 

それまで全然朝も起きられなかったのに

馬のために朝は起きるし、ものすごい考えるんですね。

 

そんな日々を重ねていくと、

「馬について勉強するために高校行きたい」

→「てことは高校行くために勉強しなきゃ」

と子どもは気づき、勉強するようになりました。


こんな例は馬だけじゃなくて、他にもいっぱいあります。

 

子どもがやりたいこと、

なりたい自分を思い描いている時、

一緒に寄り添ってあげることが大事。

 


好きなことが見えたら子どもはグングン進んでいくし

分からないことがあったら子どもから聞いてくる。

大人はそれに答えるだけ。


子どもの内面にあるものを引き出すことが教育かな。

伴走する大人がいるだけで子どもは安心する。

やりたいこと、なりたいものを一緒に見てあげる、

それから子どもに見えている世界はまだまだ狭いから、

いろんな人に出会わせたり、いろんなところに

連れていったり、体験させたりすることも大事。

 


スモールステップを踏みながら生活していると、

子どもには「いっぱい助けてもらっている」

という感覚もつく。

 


学校は、行きたくなれば行けばいいし、

行きたくなければ様々な事を学べる環境を

作ってあげればいい。


ただ、学校は学べることがいっぱいあるし、

環境として整っているから

うまく利用できたらいいと思う。


不登校とか引きこもりでも、

その子はきっと大丈夫!って信じて

寄り添ってあげることができれば、

また道は拓けます。

 



[大切にされていること]


Q. 仕事をする上で大切されていることはありますか?

A. スタッフにも子どもにも、心から

 「それでいいんだよ」と伝えることかな。

 


朝起きれなくても、宿題してなくても、

何もしてなくても、それでもいい。


居場所のない子どもたちはそう思ってもらえることで

「居ていいんだ」と感じることができます。

 


存在を認めてもらえることがベースにあると、

褒められても叱られても子どもたちは受け取ってくれる。

絶えず「承認」がベースにあることが大切。


子どもにとって、普段から自分は見てもらっている、

心を向けてもらっていることを感じれることは

とても大事。

 


存在自体を否定されると居場所がなくなり、

自己否定感も強くなってしまいます。

行動は否定されることがあっても、存在は否定されない。


「できるあなたでも、できないあなたでもいい」

って、いつ如何なる時も「承認」することを

大切にしたいと思っています。

 

 

 

[今後の目標]


Q. 今後の目標を教えてください。

A. 居場所をつくっていきたいです。

 


今はまだいろんな人の居場所になりきれていないけど、

でも、すべての人がそこにいていいんですよね。

子どもも大人も、年配の方も、障がいのあるなしも、

外国人も関係なく。

 



居場所で大切なのは場所ではなくて、

そして、寛容な気持ち


「この人がいるから行ってみようかな」

と思える人がいることが大事。

 


目指しているのは、サラダボールみたいな居場所。

レタス、ハム、きゅうり、大葉…。


いろんな人がそのままで居ていい。

人が集まって多様性があればあるほど

よくなる空間って素敵だよね。

 


あとは、好きで、得意で、誰かのためになり、

未来のためになる四方良し!

自分も相手も周りも、未来も嬉しくなる、

win win win winの事業をつくっていきたいです。

 

 

 

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[学生へのメッセージ]


Q. 最後に、学生へのメッセージをお願いします!

A. 職業、就職先を見つけるんじゃなくて、

 なりたい自分を思い描き、どう生きたいかを

 見つけてほしい。

 それが「どう働きたいか」につながるから。

 

 


そのためには、自分の世界を広げること。

大学生はよくアルバイトしてるけど、

時給800円より自分らはもっと価値がある。

 

社会人になったらお金はあるけど時間はない。

 

会いたい人にも会いに行けなくなる。

お金は後からいくらでも挽回できる。

だから、学生の間は、必要な分だけ稼げばいい。

 


見てる先を、自分の人生の目標から逆算して

どんな自分で在りたいかを大学生のうちに

見つけてほしい。

 

幸せのために家が必要なら買えばいいし、

最終は幸せになってくれたらいい。

 

どんな自分で在りたいかは、途中で変わってもいい。

進みながら広がっていくものだから。

 


人生っていうのは自己実現

自己実現の「自」は今で、「己」はゴール。


今からゴールへ向かう双六のようなものかもしれない。

コマが進んで「己」につくと、

そこに行かないと見えない世界が広がる。

 

逃げないといけない時は立ち止まればいいし、

自分が自分でなくなりそうだったら

辞めてしまえばいい。

頑張れなくなったら、エスケープできる場所がある。

それが居場所。

行ってみて、やってみて違ったらやり直せばいいしね。

 

 


相対的に見て焦ってることも、

広い視野で、世界規模、宇宙規模で見たら

大したことではないと思えるかもしれない。

自分をしっかり持って、いろんなものをいっぱい見て。

 


「この人すごい」と思う人に会っても、

“自分”がなければ聞きたいことも出てこない。

 


それから、俯瞰する目が大事。

鳥の目、虫の目、魚の目。

いろんな目線を持って、柔軟な視点で。

時にはフォーカスするものを変えてみることも必要。

 


たとえば僕は、日によって教育的な本、

経済的な本、ゆるく読める本…と、

意識して読む本のジャンルを変えています。

 

 

興味があるものを見ていると、

興味があるものしか見ようとしないから。

「興味ないな」と思う部分にも、

意外と自分が欲してる情報があったりするんだよ。


 

 

最後に、働くのって楽しいよ!

やりたいことやってお金もらえるんだから。


ジョージアのCMで、

『世界は誰かの仕事でできている』

ってあるけど、本当にその通り。

 


商品、サービスの向こう側に、人がいる。

だから仕事って、必ず何か(誰か)の役に立っている。

そんな風に思ったら、楽しくなるよね。

 

「つながっている」という想像力を持って、

大学生は如何ようにも過ごせるから

自分の人生について色々考えてみてほしいです。

 

 

 

 

 

 


インタビュアー : 大國、佐伯
文責 : 佐伯

 

 

戦略的に居心地のいい環境を探してみるのもいいと思うよ

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目次
◯所属 名前
◯インタビュアーからの一言
進学校への進学したことによる変化
大学での大きな変化
今の仕事についたきっかけ

所属 名前
株式会社LASSIC 地域振興部
モリモト メイ さん

[インタビュアーからの一言]

とても明るく気さくな方です。色々と抑圧されていた高校時代からいい意味で抑えがなくなった大学に進学したことにより大学時代には活発的に様々な活動に取り組み、今では自分を必要としてくれるLASSICを選んで入社し、楽しく仕事をされている方です。

Q,進学校の高校へ進学した変化はありましたか。

A,ギャップに驚きました。

通っていた小・中学校がとても荒れていて、その環境から抜け出すために実家から少し離れた進学校を選びました。中学校まではいじめや学級崩壊が身近だったのですが、進学した高校はあまりにも平和な環境だったので今までとのギャップに驚きました。進学校の同級生たちは学歴第一主義な価値観の子が多く主体的に進路を選ぶというよりは、親や塾の先生に言われた大学へ進学する…という印象でした。
少しでも高い偏差値の大学へ・できればあまり責任の重い職業には就きたくない、という理由だけで大学への進学を決めていいんだろうかと周囲に疑問を感じていました。

—————
Q,大学での大きな変化はなんですか。

A,挑戦しようと思えばなんでもできる環境になったことかな。

大学進学後は自分の個性を許容してくれる人が多く、いい意味で周囲の目を気にしなくなりました。高校生までの抑圧された環境から、「やりたい!」と思ったことに関して素直にチャレンジできるようになりました。大学在学中には「楽しそう!」と思った中山間地域のボランティア活動や海外短期留学に何度も参加しています。課外活動での作業や経験を通して、1人でやるよりもチームの総力で目標を成し遂げることに圧倒的な感動や楽しさを感じました。

鳥取に来るまで人間不信でネガティブ思考でしたが、気の合う仲間と活動したり、たくさんの人に親切にされたことがきっかけで人を信じることができるようになりました。


Q,今の仕事についたきっかけはなんですか。

A,自分を必要としてくれる人がいると思ったことです。

就活の際、今の会社と合わせて数社の採用選考を受けました。最終的に入社を悩んだのが、東京の誰もが知っている大手企業と今の会社(=LASSIC)でした。

初任給も高く名も知れている都会の会社か給与面や会社規模では断然劣っている地方の会社。

周囲の大人に相談したら全員口を揃えて、都会の大手に行ったほうがいいと言われました。

ですが、今の会社の採用担当(=今の上司)に非常に真摯に対応してもらったことで「きっとこの人(この会社)は私を必要としてくれているし、入社以降も大事にしてくれるな」と感じ、今の会社に入社しました。

その後、新卒ですが採用担当に抜擢してもらい、大好きな尊敬できる上司とともに忙しいですがとっても楽しく働いています!

学生へのメッセージ

就職先を始め、将来の進路に悩む方も多いと思いますが福利厚生や給与などの条件面以外にも、自分がどういう暮らしがしたいのか、どんなときに幸せを感じるのか、どんな人達に囲まれたいのか…というところも加味して進路を考えたほうがいいと思います。そのためにも(長期・短期)インターンは参加したほうが良いと思うな。あと、無理して辛い環境に耐え忍ばずに戦略的に居心地のいい環境を探してみるのもいいと思うよ。

「喜びを与えてくれる子どもたち」県教育委員会 Tさん

目次

 

・所属 名前

・インタビュアーからのひとこと

・教員になろうと思ったきっかけ

・教員のやりがい

・理想の教育

・大切にしていること

・学生へのメッセージ

 

 

 

 

 

【所属 名前】

 元小学校教諭  現県教育委員会勤務 Tさん

 

 

 

  

【インタビュアーからのひとこと】

 

Tさんは、今年の春から県の教育委員会に異動され、県内全域の子どもたちが安心して学校へ通い、学習するための業務をされています。自分の人生を振り返って、教員時代を経てからの今の思いなど、たくさんのお話をしていただきました。進路に悩んでいる自分にとって、こういった考え方もあるんだと気付かせられるきっかけになり、自分でも改めて考えていこうと思いました。 

 

 

 

 

Q.教員になろうと思ったきっかけ

 

 

A.両親が教員だったこと。両親が高校の教員だったのですが、仕事の大変さ以上に楽しそうに働いている姿を見たり、昔の教え子から来る年賀状を何年たっても嬉しそうに読んでいる姿を見たりして、先生っていいなと思った。もう一つは、小学校のときにつらい時期があって、自分みたいにつらい思いをしながら学校に通う子がいないようにしたいなと思った。あとは、中一のときの担任の先生の影響が大きいのかな。生徒会や応援団などいろいろなことに「やってみんか?」と声をかけてくださったので。そこで、いろいろなことを体験できたことは、今振り返ってみると大きかったと思う。

 

 

 

Q.教員のやりがい

 

 

A.できた瞬間に立ち会える楽しさ。

 

 

エネルギーいっぱいの子どもたちと過ごすにはこちらも多くのエネルギーを使うので、すごく疲れることもあるんですけど、子どもたちの「できた!」とか、「やったー!」という声を聞くとその疲れも吹き飛んでしまうんです。あれに勝る喜びはないんですよ。例えばコンパスがうまく使えず、泣きそうな顔の子が、何度も練習して上手く円が描けるようになったときのうれしそうな表情。泳ぐのが苦手な子が、たくさんたくさん練習して25m初めて泳げるようになったときの表情など。最初5m泳ぐのも大変だった子が、ちょっとずつ泳げるようにはなるんですけど、だいたい12~20mくらい息が続かなくて止まるんですよ。そこからさらに一生懸命練習して、これは25m泳げるぞ、いける、ってときにゴールで待ち構えるわけですよ。その子の25m泳ぎ切って、壁にタッチした瞬間の苦しくても泳ぎ切った顔、そのあと見せる達成感に満ち溢れた笑顔。その子とハイタッチしたときは他の何にも代えがたい喜びを感じます。苦労して何かを達成した子どもたちの瞬間に立ち会えたときにやりがいを感じています。

 

それと、学校には遠足や運動会、いもほりや学習発表会、卒業式など、四季折々の行事がたくさんあり、その季節の色やにおいと一緒に思い出は積み重なっていきます。例えば、卒業式で泣いている子を見ると、涙が出るほど頑張ったことがあり、思い出があったんだなと思うとその子たちとの出来事が一瞬でよみがえり・・・こちらも泣きそうになって。涙が溢れてくるほどの思い出をもって卒業できるのって幸せだなって思います。 

 

喜びを感じる場面が「自分がどうこうした」じゃなくて「子どもの頑張っている姿」「何かを達成した姿」になっています。また、担任していた子が高校で部活を頑張っている様子を新聞で見たときには自分のことのようにうれしく思いますね。

 

 

 

Q.大切にしていること

 

 

A.人とのつながり

 

 

出会いだけじゃなくて上手につながることが大事かな。相手が嫌な思いしないようにとか、一緒に仕事して楽しかったなとか、そういう風にしたい。電話の出方にしても、挨拶の仕方にしても。気持ちよくお互いがwin winな関係になれるように、また会ったときに親しく話せるように。自分は人見知りだからこそなお、いい関係を築きたい。

 

 

 

Q.学生へメッセージ

 

 

自分は将来に不安をあまり感じてなかった。学生生活は楽しかったし、部活や勉強に全力を注げていたので。それに同じ目標や悩みを持っている友だちも周りにたくさんいたので、自分ひとりじゃないんだと思えることが多かった。自分はネガティブな性格なんですけど、周りの友だちがみんなポジティブだったから、その人たちといることで楽しく過ごせていたと思う。同じ思いを持つ友だちが多ければ多いほうが、悩みも理解してもらえる。

 

大学のいいところは、こんな時間を自由に使えるのは大学生活にしかないってところ。大人になる前の猶予期間だと思って、たくさんの出会いや経験をしてほしい。社会人でもなく、高校生でもなく、時間や勉強、仕事に追われることが少ないので、人生について考えられる時間。自分は「悩んでたってしょうがないし、今を楽しもうぜ」という周りの友だちが作ってくれた流れに乗せてもらっていた。今しかできないことが多いと思うので、今を楽しむのが先かなぁと思います。

 

つらいこともまあいっかと思えるくらいの心のゆとりとか人間性を磨くことのできる学生生活を過ごしてください。

 

 

 

 

インタビュアー:大國&佐伯&井上

 

文責:井上

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